NEWS

■■■■今までのコラム■■■■

三宅純が、この国・この場所から「はみだした」理由

2012.08.06

 

 みなさん、こんにちは。はみだし泰造です。
 7月2日に行われたはみだし塾は、9回目にして初めて、音楽畑からのゲスト、作曲家の三宅純さんをお招きしました。 
 かつて、CM業界で知らない人はいない、いや、この人の音楽のお世話になった人はいないというほど、多くのCM音楽を手がけていた三宅さん。しかし、いまではむしろ、ヴィム・ヴェンダースによる映画「ピナ・踊り続けるいのち」で使われた曲の作者として、多くのファンがいます。はみだし塾に先立って6月30日に新宿文化センターで行われた「ピナ・バウシュ トリビュート」(映画『カフェ・ミューラー』の上映に続いて、三宅さんを中心とするバンドのトリビュート・コンサート)も、超満員の大盛況でした。
 2005年、パリに拠点を移し、そこを世界への「ハブ」として活動するようになった三宅さん。音楽的にも、時代・民族・地域を超えてボーダーレスなセンスを発揮する三宅さんが、世界中のアーチストから望まれて仕事をするのはごく自然な流れでしょう。しかし、なぜ、三宅純は日本のCM音楽の世界から、いや、日本からはみだしたのか。あるいは、はみださざるを得なかったのか。音楽だけでなく、さまざまな分野で、いま日本が(東京が)ハブとしての機能や魅力を失っているからこそ、彼は、この国・この場所から、はみだしたのではないか。ぼくは、三宅純が「はみだした理由」を知りたいと思いました。
 ぼく自身、1980年代の後半から三宅さんとは何度もCMでご一緒してきた仲。時々メールでやり取りもしてきましたし、今回はみだし塾で講師をお願いするにあたって、事前に打ち合わせもさせていただきました。そこで改めて思ったのは、三宅さんの歩いてきた人生そのものが、「はみだしの連続だった」ということです。家庭環境から、日本から、JAZZから、CMから、そして既成の音楽から。そこで、三宅さんとぼくとで対談しながら、三宅さんの「歴史」を振り返り、そこから「この国・この場所からはみだした理由」をあぶり出す。まぁ、言ってみれば、そんなはみだし塾になったというわけです。
 その話が、どんなにユニークでおもしろかったかは、ちょっとここでは再現しにくい(笑)。
 それにしても、三宅さんの音楽は少しも変わっていない、とぼくは思うのです。彼の髪型やファッションや規則的な暮らしぶりが、80年代からまったく変わっていないように。彼の音楽の本質は、「旋律の麻薬性」「予測不能のスリル」「異種配合」にあります。本来、広告の文化や話法には馴染まないはずのそれらが、かつてこの国のCMで、あれほどまでに必要とされたという奇跡。そして、いま、ヨーロッパの舞踊家やアーチストや映画監督たちとの共同作業にそれらが必要とされているという事実。逆に言うなら、「予測不能のスリル」「異種配合」と言った、本来クリエイティブの世界になくてはならないものを失ってしまった日本の広告の世界。三宅さんの「はみだした」行方に、ぼくはそんな現実を見ないわけにはいかないと、改めて思いました。

 さて、次回のはみだし塾は、社会デザイン研究者の三浦展(みうらあつし)さんを講師にお迎えします。題して、「消費社会を、はみだす?」。
三浦さんは、1980年代から、日本の消費社会のあり方に一貫して鋭い視座を向け続けてきた人。若くして編集長を務めたパルコのマーケティング雑誌『アクロス』や、80万部のベストセラーになった『下流社会 新たな階層社会の出現』で有名な研究者です。最近では、『「家族」と「幸福」の戦後史』や『これからの日本のために「シェア」の話をしよう』の著書がありますが、なんと言っても、今年4月に出たばかりの『第四の消費』がいま、話題になっています。
 ぼくも読みましたが、これがもう、腑に落ちること、納得のいくことばかりでした。戦後日本社会の消費文化のあり方を分析し、三浦さんは、いまを「第四の消費社会」と位置づけているのですが、その鋭い分析は、多くの点で、広告やCMの現状に光を当て、これからの方向性に示唆を与えてくれています。三浦さんの話を聞いたら、きっと、あなたの疑問や迷いや不安には、ちゃんと根拠があること、つまり消費社会のあり方から来る必然であったことがわかるはずです。
いっしょに、学ぼう! 次回は、そんなはみだし塾です。ぜひ、ご参加ください。


はみだし泰造