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大編集時代に、あなたは、どう生きるか?
--菅付雅信さんの編集術--

2014.07.17

 

 みなさん、こんにちは。塾長の今村直樹です。
 6月27日に行われた20回目のはみだし塾は、菅付雅信さんをゲストにお迎えして行われました。題して「人生の編集、人生の作品化」。菅付さんの肩書きは、編集者。実際、『月刊カドカワ』『エスクァイア日本版』の編集部を経て、独立後は『インビテーション』『エココロ』、そして最近ではなんともユニークで美しい装丁の単行本『アイデアインク』シリーズの編集などを手がけていらっしゃいます。
 編集者と言えば、雑誌や書籍を媒介にして、作家や評論家やアーチストなど、さまざまな書き手と読者とのつなぎ役というイメージがあります。しかし、インターネットやSNSがここまで普及したいま、誰もが書き手になり得、誰もが検索で周知の目にさらされ、かつての500倍とも700倍とも言われる情報量の中で、私たちは日々暮らしている。その好むと好まざるとにかかわらず、膨大な量の情報を享受し、時に発信者にもなり得るこの時代における編集者とは何か?
 この日の菅付さんの講演に、ひとつの答えがあったように思います。ひとりひとりが、今日、どのようにこの膨大な情報を「編集」して生きていくか。生きていくことが、すなわち情報として発信されていく時代をどう生きるか。それを示すことが今日的な編集者の生き方である。ズバリ、それは何もかも他者に可視化されて時代を、生き抜く覚悟を持つこと。自分の情報に責任を持つこと。そのために、自分の情報を徹底して編集していくこと。まさに、この日の講演タイトル「人生の編集、人生の作品化」です。
 そう考えると、インターネットが登場する前、かつて「編集者」と言われた人の仕事を、いまの時代に生きている人、みんながしなければならないのだとも思える。「21世紀とは、大編集時代である」とも言われる所以です。料理人がレストランをつくることも、ミュージシャンが音楽を発表することも、ファッションデザイナーが服をつくることも、服から生活道具までそろえる、いわゆるセレクトショップ(パリのコレットのように)ならなおさら、すべては編集なのです。自分の生き方や価値観を余すところなく、ある意味、自分をさらけ出しながら表現しつづけること。その結果、情報や素材の組み合わせ方がどれだけ新鮮で、それを受け取る人や社会に価値を持つか。いやいや、なかなか大変な時代になったものです。つまり、常に本質が見抜かれ、問われる時代なのですから。
 菅付さんのもうひとつのキーワードに、「中身化する社会」があります。それこそ、「常に本質が見抜かれ、問われる時代」そのものです。いわば、ごまかしがきかない、ホンモノだけが生き残る時代ということ。これだけネットで評判が行き交い、その人の考え方や価値観まで共有される時代には、ただただ本質的なことを大切にモノづくりしていくしかない。菅付さんの著書『中身化する社会』(星海新書)のなかでも、さまざまな事例から繰り返し強調されているのは、まさにその「本質的であれ」という生き方です。
 その考え方を広告に置き換えると、一体、どうなるのだろう?レトリックに頼らず、ごまかさず、ぼくらがつくる広告は、商品や企業の「本質」を伝えているだろうか? その前に、当の商品や企業は、「広告だけ」でうわべの評判をつくるとしていないか? ・・・ぼくの仕事にも鋭くリンクしているように思えました。
 自分の生き方をひとつの作品として捉え、いかに情報を発信していくか。それはとりもなおさず、自分は編集者であるという意志と覚悟を持つこと。この日の菅付さんのお話から、参加者ひとりひとりが、とても大切な生き方のヒントをたくさんもらった気がします。

はみだし泰造