NEWS

■■■■今までのコラム■■■■

そして、ラジオがあった。
〜時代を超えて生き延びるラジオ・節丸雅矛の証言〜

2015.02.13

 

 こんにちは、塾長の今村直樹です。
 メディアをめぐるシリーズ、今回はラジオがテーマ。1月23日のはみだし塾は、ニッポン放送のプロデューサーとして、数々の人気番組の制作に関わってこられた節丸雅矛さんをゲスト講師にお招きしました。

 ラジオには、マスメディアによるコミュニケーションの、基本のキのようなものがあるのではないか。長年広告の世界にいて、ぼくは常々そう感じてきました。というのも、ラジオCMで鍛えられたクリエイターには実力者が多いし、優れたコピーライターは例外なく素晴らしいラジオCMのつくり手でもある。そんな現場を数多く見てきたからです。その漠然とした考えは、この日の節丸さんの講演で、確信に変わりました。

 そもそも、ラジオは1対1のメディア。ラジオ番組を制作する上で、新人はまず「みなさんではなく、あなたに話しかけよ」と訓練されるそうです。これ、実は広告の話法としても定石。不特定多数の消費者を相手に表現を考えると、その広告は、心に届きにくいものになると言われています。

 ラジオの世界では「ワンコンセプト・ワンメッセージにしろ」とも教えられるのだとか。これだって、いいCM、強く印象に残る広告を作る時の要です。"ながら聞き"をしていてもわかるように、シンプルで伝わりやすいメッセージを語りかけることがラジオ放送では大切とされるそうです。ぼくが大学生に向かってCMのプランを考えるコツとしていつも言うことも、「伝えることは、ひとつだけ。企画はシンプルに」です。講演の最後に言われた、「ラジオでいちばん大切なことは、相手のことを思いやる、想像するということだ」というのも、CMのアイデアを考える上では、何より大事なことだと思います。

 ラジオは、パーソナルであることを基本とするコミュニケーションであり、エンゲージメントを高めるための技術に優れているメディアである。その節丸さんの言葉は、今日では「ネットやウェブを中心とするコミュニケーション」の本質でもあると言われています。ラジオの優れた特性は、送り手と受け手の距離の近さ、つまり親近感にある。その「共感を生む力」は、ネットがもっとも得意とするところでもあるでしょう。そう考えると、ラジオにはコミュニケーションの本質があり、ネット時代にも十分通用するメディアなんだと言えそうです。いま、ネットの登場で、テレビは時代遅れのメディアだと言われる。そのテレビが登場した時には、ラジオはもうダメだ、古いと言われてきた。しかし、振り返ってみれば、ラジオは案外「周回遅れのトップランナー」かもしれない。少なくとも、時代を超えてしたたかに生き延びてきたメディアであることは確かです。それくらい、時が移り変わり、世代が交代しても、ラジオはしっかり人々の暮らしの中に息づいてきました。

 3.11東日本大震災の直後、人々がまず「かじりついた」のは、Twitterやネットの情報と拡散力、そしてラジオでした。ラジオ放送は案外ネットとも親和性が高く、テレビでは得にくい情報をYouTubeにアップされたラジオ番組で得たり、いまはメールで曲をリクエストしたりメッセージをラジオ局に送ったりするのが当たり前の日常。ラジオは、貪欲に、したたかに、ネット社会を生き延びてきました。

 ひとりのテレビCMのつくり手として、ラジオはうらやましい存在でもあります。なぜなら、ラジオには身軽さや自由があるから。あえて言うなら、リベラルであることや、アバンギャルドであることが許されるから。その証拠に、節丸さんが長年プロデューサーとして関わってこられたオールナイトニッポンなどがいい例で、常に時代の先端を行くタレント(まさに才能という意味でのタレント)を取り込み、実験や冒険で番組づくりをしてきたと思うのです。だからこそ、ラジオはいつの時代にもサブカルチャーが生まれる場所でありえたのではないでしょうか? その自由や実験精神のようなものが、いまのテレビやCMの世界には失われている。そう感じないではいられません。

 それにしても、節丸さんの講演は「ラジオの話」などではなく、ネット社会をにおけるコミュニケーションのありかたそのものの話だったかもしれません。「ターゲットは点を狙え」「常に、反対を考えろ」「時空を超えるアーカイブ」「サービスは商品になった」「世代、性、国...、すべての境界がなくなる」などなど。節丸さんの縦横無尽な目線の広さ、自由さは、そのまま、したたかに時代を生き延びてきたラジオとも重なる。いや、ラジオ的なるものに育まれた何かではないか。そんなことを思わせる、実に楽しい講演なのでした。

はみだし泰造